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松山地方裁判所 昭和55年(行ウ)4号 判決 1983年1月26日

愛媛県今治市本町三丁目一番地三一

原告

葛山康史

愛媛県今治市常盤町四丁目五番地二

被告

今治税務署長

上満一成

右指定代理人

川上磨姫

三谷久寿彦

丸西仁

深川正夫

伊藤二郎

藤井正彦

工藤茂雄

横山正之

坂本禎男

主文

一  本件訴えのうち、所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定に対する異議申立て棄却決定の取消しを求める訴えを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告が、昭和五五年五月二六日付で原告の昭和五四年分所得税についてした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定並びに同年七月三日付で右各決定に対する異議申立てに対してした棄却決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、被告に対し、昭和五五年三月一二日付で昭和五四年分所得税について総所得金額を三二万六八二五円、税額を零円として確定申告を行ったところ、被告は、同年五月二六日付で、原告を葛山宣佳(原告の父)の「合算対象世帯員」に該当するとして、税額を六万六二〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税三三〇〇円の賦課決定(以下「本件更正処分等」という。)を行った。(もっとも、本件更正処分等につき、同年一二月三日付で税額を六万二五七三円とする減額再更正処分及び過少申告加算税を三一〇〇円に変更する決定(以下「本件再更正処分等」という。)がなされている。)

2  原告は、本件更正処分等に対して同年六月四日付で異議申立てをしたが、被告は、同年七月三日付でこれを棄却する決定(以下「本件異議申立て棄却決定」という。)をし、翌日、右決定は原告に送達された。

3  原告は、本件異議申立て棄却決定に対して同月一五日付で国税不服審判所長に審査請求をしたが、審査請求後三か月を経過しても裁決がない。

4  しかし、原告を葛山宣佳の「合算対象世帯員」とするのは誤りであるから、本件更正処分等(再更正処分によりなお維持されている部分。以下同じ。)は違法である。

5  よって、原告は、本件更正処分等及び本件異議申立て棄却決定の各取消しを求める。(なお、本訴提起後、昭和五六年二月二日付で審査請求を棄却する裁決がなされた。)

二  被告

1  本案前の主張

本件異議申立て棄却決定の取消しを求める訴えは、行政事件訴訟法三条三項の「裁決の取消しの訴え」に該当し、その決定があったことを知った日から三か月以内に提起されなければならない(同法一四条一項)。しかるに、原告が本件訴えを提起したのは本件異議申立て棄却決定が送達されてから三か月以上経過したのちであるから、右訴えは、出訴期間を徒過したのち提起された不適法な訴えとして却下されるべきである。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1ないし3の各事実を認める。

(二) 同4の主張は争う。なお、審査請求に対し、昭和五六年二月二日付で棄却裁決がなされたことは認める。

3  本案の主張(本件更正処分等の適法性)

(一) 所得税法(以下「法」という。)九六条ないし一〇一条は、資産所得合算課税について規定している。すなわち、<1>生計を一にする特定の親族(法九七条)のうちに資産所得の金額が一定額以上の者(合算対象世帯員、法九六条四号)がある場合で、<2>主たる所得者(法九六条三号)の総所得金額に合算対象世帯員の資産所得の金額を合算したものからこれらの者に係る雑損控除及び医療費控除の金額の合計額を控除して一〇〇〇万円を超えるときは(法九九条)、<3>主たる所得者が自己の総所得のほか合算対象世帯員の資産所得を有するものとみなして(法九七条一項)、法九八条に従い合算対象世帯員の税額を算出することとしている。

(二) 原告は、次に述べるように、葛山宣佳の合算対象世帯員に該当する。

(1) 原告は、父葛山宣佳(以下「宣佳」という。)と母葛山素子(以下「素子」という。)の長男であって、昭和五四年一二月三一日当時、今治市本町三丁目一番地三一所在の家屋で両親と同居し、生計を一にしていた(法九七条一項)。

なお、原告は、同所に世帯主宣佳の世帯員として住民登録を行っている。

(2) 原告は、配偶者も子も有しておらず、その昭和五四年分の総所得金額は、別紙税額計算表(以下「別表」という。)記載の資産所得三二万六八二五円だけであって、総所得金額から資産所得の金額を控除した金額が法八六条所定の基礎控控除の額に相当する金額以下である(法九七条二項)。

(3) 原告の資産所得の金額は、法八四条所定の扶養控除の額に相当する金額を超えている(法九六条四号ロ)。

したがって、原告が宣佳の合算対象世帯員に該当することは明らかである。

(三) なお、素子の昭和五四年分の所得金額(ただし、給与所得を除く。)は、別表1ないし4欄記載のとおりである。したがって、素子も宣佳の合算対象世帯員に該当することが明らかである。

(四) そこで、原告の税額を算出する。

(1) 原告、宣佳及び素子の昭和五四年分の所得(ただし、素子の給与所得を除く。)及び所得控除(ただし、素子の分を除く。)の各金額は、別表記載のとおりである。主たる所得者である宣佳の総所得金額に原告及び素子の各資産所得金額を合計すると、一三一七万六八八一円となり、これらの者に係る雑損控除及び医療費控除の金額はいずれも零円であるから、法九九条の適用除外とならない。

(2) そこで、法九八条二項一号に従って原告の税額を算出すると、別表記載のとおり六万二六〇七円となり、国税通則法六五条一項の規定による過少申告加算税額は三一〇〇円となる。したがって、本件更正処分等は適法である。

三  原告

1  被告の本案の主張事実に対する認否

(一) 被告主張(二)の(1)の事実のうち、原告が父宣佳と母素子の長男であって、昭和五四年一二月三一日当時、今治市本町三丁目一番地三一の家屋に居住していたこと、原告が同所に世帯主宣佳の世帯員として住民登録を行っていることを認めるが、その余を否認する。宣佳は、当時、松山市東野二丁目一〇番地一九に居住していた。

(二) 同(2)及び(3)の各点は争わない。

(三) 被告の主張(三)の事実は不知。

(四) 被告の主張(四)の(1)の事実のうち、原告の昭和五四年分の所得及び所得控除の各金額が別表記載のとおりであることを認めるが、その余は不知。

2  反論

(一) 原告は、宣佳がいずれも代表取締役として支配している株式会社松拝屋商店及び株式会社今治板金に勤務していたが、昭和五四年一月三〇日、なんら正当な理由もなく解雇された。また、宣佳は、なんら業績に変化がないのに、株式会社松拝屋商店の昭和五四年度の株式配当率を従前の二割五分から一割に下げ、それにより、同社の株主の原告は、前年度より四八万円も配当額が少なくなった。なお、宣佳と原告は、同年九月二七日宣佳がその多額の財産を原告に相続させないように処分する自由を原告が認めるのと交換に、宣佳が原告の生活費を保証する旨の合意をした。原告と宣佳との関係は、親子とはいっても右のようなものであるから、被告が原告を宣佳の合算対象世帯員とするのは、失当である。

(二) 資産所得の合算課税制度は、個人ではなく世帯を単位にして課税している点において、憲法一三条、二四条、二九条に違反し、資産所得のみを他の所得から区別し、世帯のみを他の生活共同体から区別して合算課税する点において、憲法一四条、二九条に違反するから無効である。また、本件更正処分は、原告がほぼ一年間失業し、収入が激減して「勤労の権利」、「人間としての生存権」が著しく侵害された状況下にあった昭和五四年分の所得に対し、原告のそのような状況を知りながら、資産所得の合算課税制度を適用して、それ以前に原告が就労できていたときよりはるかに高額の課税をした点において、憲法一三条、二九条に違反し、また公序良俗にも違反するから無効である。

四  原告の反論(二)の憲法違反の主張に対する被告の答弁

(一)  資産所得の合算課税制度が導入された趣旨は、次のとおりである。

資産所得の合算課税制度導入前の所得税制においては、担税力に応じた公平な租税負担という見地からみた場合、二つの問題点があった。その一は、一つの世帯に一人の所得者がいる場合と二人以上の所得者がいる場合とでは、その世帯の所得の総額が同一であっても、累進税率の構造上、所得税負担の総額は、後者の方が前者よりもかなり少額となるが、それは、租税負担の公平という見地からみて軽きに失する、ということであり、その二は、現行の個人単位の所得税制では、実体が同じであっても、法的構成を変え、所得者を多数とすることによって、租税の負担を軽減することができる不合理があった。そこで、担税力に応じた公平な租税負担という税法の基本理念を実現するために、資産所得の合算課税制度が導入されたものである。

(二)  憲法は、租税について、その三〇条で、国民の一般的な納税義務を宣言するほか、その八四条で、租税法律主義の原則を規定し、どのような租税制度により租税を賦課徴収するか、すなわち、納税義務者、課税対象、税率、納付手続等については、法律の定めるところに委ねている。

ところで、法九六条ないし一〇一条の規定は、憲法八四条の趣旨を受け、課税単位を個人とする租税制度の根幹は崩すことなく、単に税額計算の特例を定めたものであり、したがって、資産所得の合算課税制度は、具体的な税額計算の定めに関する立法政策上の問題にすぎず、憲法問題を生ずるものではない。このことは、最高裁判所昭和五三年(行ツ)第五五号同五五年一一月二〇 第一小法廷判決(判例時報一〇〇一号三一頁)において明確に判示されているところである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第三号証

2  乙第四号証の一、二、第六号証の各成立は不知。第五号証のうち、一面右端の税務所整理欄及び二面右端の源泉徴収票二枚の貼付によって隠れた部分の各成立は不知、その余の部分の成立は認める。その余の乙号各証の成立を認める。

二  被告

1  乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第一三号証。

2  甲号各証の成立を認める。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の本案前の主張について

原告の本件訴えのうち、本件異議申立て棄却決定の取消しを求める訴えについては、その出訴期間につき行政事件訴訟法一四条四項の適用はなく、同条一項により異議申立てについての決定があったことを知った日から三か月以内に提起されなければならない(最高裁判所昭和五〇年(行ツ)第九三号同五一年五月六日第一小法廷判決・民集三〇巻四号五四一頁参照)。ところが、原告が右訴えを提起したのは本件異議申立て棄却決定が送達されてから三か月以上経過したのちであるから、右訴えは出訴期間を徒過したのち提起された不適法なものであり、却下を免れない。

三  被告の本案の主張(本件更正処分等の適法性)について

1  原告が宣佳の合算対象世帯員に該当し、資産所得合算課税の対象となるか否かについて判断する。

(一)  原告が父宣佳と母素子の長男であって、昭和五四年一二月三一日当時、今治市本町三丁目一番地三一の家屋に居住していたこと、原告が同所に世帯主宣佳の世帯員として住民登録を行っていることは、当事者間に争いがない。いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四号証の二及び同第六号証によれば、以下の事実が認められる。原告は、昭和五二年春大学卒業後今治市本町三丁目一番地三一所在の宣佳所有家屋で暮らしてきた。右家屋の一階は、宣佳が代表取締役をしている株式会社松拝屋商店の営業所となっており、二階の表側(道路側)に居間(一六畳)、宣佳及び素子の寝室(四畳半)、台所並びに風呂場があり、ベランダをはさんで裏側に原告の部屋(六畳)がある。食事は、素子が作っていたが、昭和五三年春素子が病気になって、同年六月から今治市内の病院に週三日通院するようになり、そのため食事の用意ができないときは、原告が自分で自分の食事を賄った。一家の生活費は、宣佳が負担してきた。もっとも、衣類などは、原告は自分の金で買っていた。原告は、前記株式会社松拝屋商店及び同じく宣佳が代表取締役をしている株式会社今治板金の社員として勤務していたが、昭和五四年に入って、宣佳との間の親子の仲が悪くなって解雇され、その後、母素子との会話はあるが、宣佳と口を交すことはない。なお、宣佳は、住宅金融公庫から融資を受けて、松山市東野二丁目一〇番地一九に建物を新築した関係で、昭和五五年一月二四日から同年一二月二六日までの間、同所に住民登録だけ移していた。以上のとおり認められる。これらの事実を総合すると、他に格別の反証のない本件では、昭和五四年一二月三一日当時、原告はまだ親がかりの身で、宣佳及び素子と生計を一にしていたものと認めるのが相当である。

(二)  原告が配偶者も子も有さず、その昭和五四年分の総所得金額は、別表記載の資産所得三二万六八二五円だけであって、総所得金額から資産所得の金額を控除した金額が法八六条所定の基礎控除の額に相当する金額以下であること、原告の資産所得の金額が法八四条所定の扶養控除の額に相当する金額を超えていることは、いずれも当事者間に争いがない。

(三)  そうすると、原告が宣佳の合算対象世帯員に該当することは明らかである。

2  なお、成立に争いがない乙第八号証によれば、素子の昭和五四年分の所得金額(ただし、給与所得を除く。)は、別表1ないし4欄記載のとおりであることが認められる。

そうすると、素子も宣佳の合算対象世帯員に該当することが明らかである。

3  そこで、原告の税額を算出する。

(一)  原告の昭和五四年分の所得、所得控除及び税額控除の各金額が別表記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。前掲乙第八号証、いずれも成立に争いがない乙第七号証、同第九ないし第一三号証を総合すれば、宣佳及び素子の昭和五四年分の所得(ただし、素子の給与所得を除く。)及び所得控除(ただし、素子の分を除く。)の各金額は、別表記載のとおりである(なお素子の雑損控除及び医療費控除はいずれも零円である。)ことが認められる。主たる所得者である宣佳の総所得金額に原告及び素子の各資産所得金額(小計九七万一七四五円)を合計すると、一三一七万六八八一円となり、これらの者に係る雑損控除及び医療費控除の金額はいずれも零円であるから、法九九条の適用除外とならない。

(二)  そこで、法九八条二項一号に従って原告の税額を算出すると、別表記載のとおり六万二六〇七円となり、国税通則法六五条一項の規定による過少申告加算税額は三一〇〇円となる。

4  なお、原告が主張するように、原告が宣佳により不当に解雇され、また、原告が所有する株式会社松拝屋商店の株式の配当率を大幅に下げられ、更に、宣佳と原告との間で同人の財産を原告に相続させないように宣佳が処分する自由を原告が認める代りに、宣佳が原告の生活費を保証する合意をした事情があったとしても、なんら資産所得の合算課税の規定を適用するについて阻げとなるものと考えられない。

5  原告の憲法違反の主張について

憲法上租税に関する事項は法律又は法律に基づいて定められるところに委ねられていると解すべきところ(憲法八四条)、資産所得の合算課税制度が違憲である旨の原告の反論は、ひつきよう、特定の法律における具体的な税額計算の定めに関する立法政策上の適不適を争うものにすぎず、違憲の問題を生ずるものでないことは、最高裁判所昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決(民集九巻三号三三六頁)の趣旨に徴し、明らかであり、原告の憲法違反の主張は、採用できない(最高裁判所昭和五三年(行ツ)第五五号昭和五五年一一月二〇日第一小法廷判決・判例時報一〇〇一号三一頁参照)。また、原告が昭和五四年中はほとんど失業状態にあって収入額が激減していたのに、同年分の所得に対し、右制度を適用して課税したことが憲法一三条、二九条に違反し、また公序良俗に違反するものと考えられない。

6  そうすると、本件更正処分等は適法であって、取消しを求める原告の請求は失当である。

四  よって、本件訴えのうち、本件異議申立て棄却決定の取消しを求める訴えは不適法であるから却下し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺貢 裁判官 高橋勝男 裁判官 山垣清正)

税額計算表

<省略>

(注)1 配当所得は、すべて株式の配当による所得である。

2 宣佳の扶養控除のうち二九万円は、資産所得合算課税の規定(法九八条四項四号)が適用される結果、原告が扶養親族となるための控除である。

3 素子の給与所得(二五二万六〇〇〇円)、所得控除は、資産所得合算課税の規定を適用して原告の税額を計算するうえで必要ないので、記載していない。

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